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姑獲鳥の夏
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ついに『姑獲鳥の夏』を観てしまった。観たくなかったけど、観てしまった。

この映画は、言わずと知れた京極夏彦の大人気ミステリー小説にしてデビュー作、京極堂シリーズ第1作品目『姑獲鳥の夏』を映画化したもの。京極堂シリーズといえば辞書レベルの分厚さがとりあえず有名で、ジャンルは妖怪推理もの(?)にあたる。昭和20年代末の東京が舞台で、そこで起きる怪奇極まりない怪事件に個性溢れるキャラクターが巻き込まれていくというストーリーである。圧倒的なページ数に張り巡さらた複雑な伏線と、膨大なうんちく・ギミックの数々。妖怪と推理という異質な領域の融合、作者の強烈なキャラクターなど、このシリーズの魅力を説明していけばきりがない。一部のファンの間ではカルト的な人気を誇っており(かくいうぼくも高校時代にのめり込んでいた)、映画化の賛否両論はあったにせよ、公開が待ち望まれていた映画だ。

京極堂シリーズには「この世には、不思議なことなど何もないのだよ、関口君」という決め台詞があるが、このシリーズには、妖怪も事件もすべての事象は人間の想像力が起因になっているという肝がある。そう、想像力というのがポイントだ。このシリーズを楽しめるかどうかは、作者の用いることばのギミックに酔いながら、その想像力をどこまで高められるかによって決まる。だから、ぼくはどうしてもそのことばが弱まってしまう(と思われる)映画化には反対で、どうせ失望するのだからと、映画が公開されてもかたくなに今まで観ようとはしなかった。だが、昨日ふらっと立ち寄ったレンタル屋で偶然このDVDを見つけてしまい、その瞬間、何かに取り憑かれた気分に陥り、俺も若くないんだから食わず嫌いはよくない、ありのままをうんぬんかんうん…、と目眩坂で白昼夢に捕われる関口くんよろしく、よくわからないことばをつぶやきながらパッケージを手に取ってしまい、いつの間にか借りる手続きをして家に帰ってきて、ぼんやり夢心地のままDVDを再生し、今に至ってしまっている。何だかぼくが借りたのにぼくが借りたのではないような…。今思えば、ただ疲れていて映画ならば何でもよかっただけなのだけど。「この世には、不思議なことなど何もないのだよ、関口君。」

経緯はともあれ、とりあえず映画の感想はやはり失望の方が大きかった。キャスト陣の豪華さと京極夏彦本人が出演しているという見所はあったにせよ、京極堂=堤真一はまだ許せるとしても、榎木津ファンとしては榎木津=阿部寛という設定はちょっと厳しいと言わざるを得なかったし、どうもセリフ回しが原作をそのままなぞっているだけ(ただ、冒頭の量子力学関連のセリフ回しは制作者の力が入っていたのか、すごくおもしろかった)、演出効果がやり過ぎ、美術背景もセット感丸出しだったなど、眉をひそめてしまうような部分がとにかく多かった。恐怖感やおどろおどろしさをあおるために、ただ一方的にイメージを押し付けているような仕上がりで、ストーリを消化しようとするあまり、クライマックスの盛り上げ方とか全体的にイメージが平坦になってしまっている。原作をそのまま映像化なんて土台無理なことはわかっていたはずなのだから、映画だからできること、例えば映像や音楽で想像力をふくらませるような双方向なあり方?とかを目指してほしかったところだ。評価としては、映画化しようという勇気には賞賛を送ってもいいかなという感じだろうか。

今回唯一再確認できたことは、有名な原作を映像化するには独自の解釈を織り込むなど、読者が原作に抱いているイメージをいい意味でうらぎらないと意味がないこと。もうひとつは、原作の京極堂シリーズのおもしろさがさらに浮き彫りになったことなどだろう。でも第2弾が公開されたら、きっとまたぶつくさ言いながら観てしまうのだろうなと思う。観たいから観るというような次作に、今は期待しよう。
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by tzib | 2006-04-30 18:30 | resource
11/too
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夕方から司法関連の授業を聴講。非常にタイムリーな話題とユーモアあふれる話術で、退屈することのない授業だった。授業後にKさんとばったり出会い、修士設計のアドバイスを受ける。夕食にタイ料理を食べて、帰宅後は住宅課題に取り組む。

ここ最近は、作業中にincogniteの『11』とFPMの『too』をよく聴いている。どちらもアップテンポなので、設計でグダグダになっているときの気分を盛り上げるのにはちょうどいい。そう、ちょうどいい。
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by tzib | 2006-04-27 23:27 | resource
06 TDC展/マゾヒスティック・ランドスケープ
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午後からM事務所で展覧会の打ち合わせ。打ち合わせ後は銀座のギンザ・グラフィック・ギャラリーへ向かい、「06 TDC展」の最終日に滑り込む。今年は何か面の力が目立つ作品が多い気がした。個人的には、北川一成中島英樹武藤努西川哲生などが気になる。観賞後は学校に戻る。

帰りの電車の中で、『マゾヒスティック・ランドスケープ』を読了。
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by tzib | 2006-04-26 23:26 | art/design
新歓
夜からサークルの新歓に参加する。3年生たちの活躍で、今年は20人近くの2年生が集まった。中には昨年TAで担当していた懐かしい顔もちらほら。こんなところで会うと少し妙な気分になる。みな元気があって、くだらない話にも感心してくれる素直な感じの子が多かった。彼らを見ていると、少しおっさんくさい感傷に浸りたくなる。何人サークルに入ってくれるかはわからないが、こういう縦のつながりが生まれる飲み会はいいものだと思う。建築学科はなかなか横のつながりができにくいが、うちの大学の場合、縦のつながりも生まれにくいからだ。終電でおいとまする。
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by tzib | 2006-04-25 23:25 | orbit
イチゴ狩りと小江戸巡り
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今日はイチゴ狩りと小江戸巡りへ。

高崎線とバスを乗り継いで、一路桶川の農協を目指す。途中、小川の土手沿いに満開の菜の花が絨毯のように敷き詰められていて、晴天の陽光に映える黄色がすごく美しかった。農協に到着後は受け付けを済ませ、ビニールハウスの中でイチゴ狩り開始。すれ違いで出て行った親子が「もう食べれません」とお腹を押さえていたのが微笑ましかった。ビニールハウスはほとんど貸し切り状態。イチゴ狩りに作法があるのかはよくわからないので、とりあえず目に入るイチゴを手当り次第に口にほうばっていく。指の先が赤くなり時間いっぱいお腹が苦しくまで食べつづけ、最後は幾分欲張りすぎたのか食べ過ぎで気持ちが悪くなる。

食休みをしたあとは小江戸・川越へ向かう。情緒深い、さまざまなお寺や倉造りの街並をゆっくり散策していく。ただ、あいにく月曜日ということもあって、五百羅漢を見れなかったは残念。喜多院でははじめて護摩を体験する。菓子屋横丁ではひさびさに駄菓子を買い、懐かしい気持ちを思い出す。クジ付きの駄菓子で「あたり」を引いてちょっと幸せになった。たまにはこういう遠出もいい。
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by tzib | 2006-04-24 23:24 | orbit
修士ゼミ
今日は修士・卒業設計の状況報告を兼ねたゼミ発表会が行われた。

慣れないkeynoteに苦戦しながらアルコール入りの頭を駆使して徹夜でスライドをまとめ、午後から発表にのぞむ。

ぼくは少子高齢化時代における都市部の墓地の在り方と可能性について発表。撃沈とまではいかなかったけど、非日常性と日常性の位置づけがよくわからない、墓地の有効利用の仕方にリアリティがまだない、空間・設計の問題にまで昇華されていないなど、鋭い批評をいくつか受ける。ごもっとも、という意見だった。とりあえず、方向性自体にはダメだしされなかったので、しばらくこれでやってみよう。

ゼミ終了後はM2の院生室の使い方や席順などを正式に決定し、その後は喫茶店でMさんを交えた反省会をレモン、タイゾウ、エビちゃんで行う。話が弾んで、夜遅くまで長居する。帰宅後、爆睡。
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by tzib | 2006-04-22 23:21 | orbit
お祝い
夜からKさんのお祝い会を御茶ノ水で行う。通常よりは平和だったが。相変わらず飲んで食べて騒ぐという楽しい会だった。ぼくは明日のゼミ発表があるので、ふらふらになりながらも終電でおいとまさせてもらう。Kさんご愁傷?いや、大変おめでとうございました。これからもよろしくお願いします。
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by tzib | 2006-04-21 23:21 | orbit
宮脇檀の住宅設計テキスト/火葬場の立地
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今日は夕飯に「天麩羅いもや」へ。駿河台店が原因不明の休業中だったので、神保町まで足を運ぶはめになった。

GW明けの住宅展に関連して『宮脇檀の住宅設計テキスト』を、土曜の修士ゼミに関連して『火葬場の立地』を読む。

『宮脇檀の住宅設計テキスト』は、言わずと知れた住宅設計本のバイブル。院生になってもページを開くたびに新たな発見があるし、その度に自分の未熟さを痛感するはめになる。実社会で設計をするようになっても、それは変わらないのかもしれない。

『火葬場の立地』は、修士で墓地関連に手を出さなかったら、絶対に読む機会がないだろうというくらいマニアックな本だった。墓地くらい都市に多大な影響を与え、その存在を無視される場所は少ないだろう。
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by tzib | 2006-04-18 23:18 | resource
風土
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夕方から神保町へ。M事務所で空屋プロジェクトの打ち合わせに参加。終了後はメンバーで神保町にて夕食。

帰りの電車の中、やっと和辻哲郎の『風土』を読み終わった。あまりにも著名な本なので今さらぼくが語れることは少ないが、それでもいくつか印象に残ったことを書いておこうと思う。

和辻は「風土とはある土地の気候、気象、地質、地味、地形、景観などの総称である」とし、「風土とは単なる自然環境ではなくして人間の精神構造の中に刻みこまれた自己了解の仕方に他ならない」、「個人的・社会的なる二重性格を持つ人間の、自己了解の運動は、同時に歴史的である。従って歴史を離れた風土もなければ、風土と離れた歴史もない」と論じ、自然(環境)そのものを第一の自然とし、風土を第二の自然とすることで環境と人間の関係性を表わしている。また、「人間は単に風土に規定されるのみでない、逆に人間が風土に働きかけてそれを変化する」とも論じている。

以上のような部分については、解説書などでよく語られる部分なのでここではとくに論じようとは思わないが、ぼくが特に印象に残ったのは「連句」について書かれた以下の部分だった。

連句においてはおのおのの句は一つの独立した世界を持っている。しかもその間に微妙なつながりがあり、一つの世界が他の世界に展開しつつ全体としてのまとまりを持つのである。この句と句との間の展開は通例異なった作者によって行われるのであるから、一人の作者の想像力が持つ統一は故意に捨てられ、展開の方向はむしろ『偶然』にまかせられることになる。従って全体としてのまとまりは『偶然』の所産であるが、しかもそのために全体はかえって豊富となり、一人の作者に期待し得ぬような曲折を生ずるのである


また、『風土』を論じ、「間柄的存在」、「二人主義」について書かれた小論もリンクしておきたい。電子個人主義がはびこる現在、『風土』は再評価されていくのではと思った。
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by tzib | 2006-04-17 23:17 | resource
メイク/東京インタラクティブ・アド・アワード
夜から溜池山王へ。ひさびさにクリチカット。

今日はカットモデルのついでに、メイクの練習台にもなった。練習台とはいえ、式前の緊張した新郎という設定に、セリフまでついた本格的な内容。ちょっとドキドキだ。

終わって鏡を見ると、顔半分だけしかお化粧はしなかったので左右の違いがはっきりとわかり、化粧ってすごいなと身を持って体験することができた。女の人があれだけ化粧に気合いをそそぐのもわかるような気がする。もしかしたら化粧という行為は、身体(表層?)というよりもむしろ感情とか情動面に影響を与える行為なのかもしれないとも思った。しかし、大分髪を切りすぎてしまい、頭がすーすーする。

話は変わって、東京インタラクティブ・アド・アワードの受賞作品が発表されていた。バスキュールが大暴れの模様。すげえ。
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by tzib | 2006-04-13 23:13 | art/design
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