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レモン展/内藤廣講演会
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夕方から明治大学アカデミーコモンで開かれた特別講演会を聴講。

講師は内藤廣氏で、テーマは「建築・社会・人間をどう考えるか」。講演の内容は、内藤廣と磯崎新の30年ぶりの対談から飛び出したという「70年代と00年代は重なるのでは?」という仮説に基づいて進行し、内藤が学生時代や所員時代を過ごした70年代と、それらの時代に関わった9人の建築家について解説していき、その中から「建築・社会・人間をどう考えるか」というテーマに対しての、何らかのヒントが浮かび上がればという構成だった。

まずは、内藤自身による70年代の背景と学生時代についての解説から始まる。内藤が早稲田大学に入学した70年代初めは、5月革命に端を発する学生運動がまだ続いていた時代で、大学は完全にロックアウト状態。いたるところにイデオロギーが蔓延し、建築もその延長として捉えられ、とてもではないが建築を学べる状況ではなかったという。また、ベトナム戦争反対運動、安保闘争、安田講堂占拠、三島由紀夫の割腹自殺、大阪万博、ウォーターゲート事件、ロッキード事件、オイルショック(これは最近の原油高に似ている)、環境問題(これも70年代当時から騒がれていた)など時代を揺さぶるような事件が次々に起き、内藤自身もその得体のしれない力に突き動かされるかのように、2ヶ月に1度大学の授業をつぶしては、反建築派?の人物を呼んで「建築に未来はない」「組織事務所は堕落している」「プレハブに価値はない」…など声高らかに「建築の解体」を叫んでいたというエピソードなどが披露された。

その数々の事件の中でも、とくに安田講堂占拠と大阪万博が時代の変曲点だったのでは、と内藤は語る。69年の安田講堂占拠は、アジールである大学に政治力が介入し、大学本来がもつ「自由」の意味が失われてしまった象徴的な事件として、また、70年の大阪万博は、日本が現在の商業国家へと至るまさしく踏み絵に他ならなかった「事件」として非常に重要だったという。これらの発言に関しては、とくにことばを慎重に選んでいたように見受けたし、決して是非を問うようなものでもなかったが、内藤の眼は会場をじっと見据え、ぼくたちがそこから何を捉え、何を考えるのか見定めているかのような印象を受けた。また、この時代のマスターピースとして、『空間へ』や「きみの母を犯し、父を刺せ」などの磯崎新の一連の文章があるが、これらの文章は、今でも、いや今だからこそ読む価値があるのではとも述べていた。

ここから講演会は後半に移り、内藤の70年代に影響を与えた9人の建築家についての解説がはじまる。

1人目は、山口文象について。山口文象は戦前の日本建築史を語る上で非常に重要な人物だが、驚いたのは、実は内藤とは非常に親しい間柄だったという発言だった。というのも、山口は内藤の母の実家のお隣さんで、内藤とは小さい頃から顔見知りだったというのだ。内藤は大学に入学してから山口の名声をはじめて知り、「建築を教えてくれる優しいおじいさん」とのイメージのギャップに驚いたと明かし、「ぼくは人間関係に恵まれている」と自嘲気味に語っていた。山口はマルクス主義に傾倒していた建築家で、当時の社会に対してひどく憤慨し、建築家批判をよく繰り返していたらしい。それを端的に表しているのが「前衛建築家の宙返り」という文章で、時代の流れに合わせてスタイルの転向を繰り返す建築家に信念があるのか?このままだと建築は時代に必要とされなくなり信用されなくなると、半ば自省を込めながら、そこで山口は痛切に語っているという。内藤は当時を振り返りながら、山口に言われた印象深い言葉を会場に向けて語りかける。「若いときには自分の核になるような信念を見つけろ。それはどうすれば見つかるのか?絵画、彫刻、音楽、本、とにかく何かを信じるしかない。そしてそこで重要なのは、それを徹底的につかみ、勉強し、徹底的に破壊することだ。あとはとにかく真剣に『遊べ』。大学で教わるのは建築の5%でしかない。その他は社会から学ぶしかない。大学は動機づけしかしてくれないのだ。また、『遊ぶ』といっても道楽をすることではない。『遊ぶ』とは芸術・思想・哲学の最高のものに触れて精神そのものを鍛えることだ。間違っても建築の本など読んではいけない。」

2人目は鈴木恂について。鈴木恂は、GAギャラリーの設計者といえば、建築学科の学生にはなじみ深い建築家だ。鈴木とは、学生時代に鈴木の事務所でバイトをしていた経緯で親しい間柄になったという。日本におけるコンクリート打ち放しの表現は、実は鈴木が最初で、安藤忠雄は鈴木を超えようとして今がある。また、鈴木の最高傑作の一つは「SIH」であると述べていた。

3人目は、吉阪隆正(吉阪隆正については、以前書いた5/22のブログを参考)。吉阪は内藤が20代に出会った最大の人で、大学時代の指導教授でもあった。吉阪は、建築や都市を考えるときに、まず「人」から考える建築家で、礼儀に厳しく個性を尊重し、そこにいるだけでその場の雰囲気を変えてしまうような、圧倒的な存在感の持ち主だったという。また、コスモポリタンな人物でもあり、人と人とのコミュニケーションは、カタチを媒介にすれば可能なのでは?と考えていたらしい。内藤は吉阪とのエピソードを語りながら、「ことば」に関して吉阪が述べたセリフを語る。「若者も自分で考え、自分のことばで書くようにしろ。何を言っても構わないが、言い放ったらそのことばには責任を取れ。」

4人目は、渡邊洋司。渡邊は吉阪研に所属し、吉阪の信奉者であり、ズバ抜けた造形力を持った建築家であったと内藤は解説する。内藤は1度、渡邊の寝室に上がらせてもらった機会があり、そこに飾ってあったヨロイとヤリを説明しながら渡邊が語ったセリフが、そのまま彼自身を顕著に表していることばだと述べる。「これがどういうことかわかるか?君たちは『文』としての建築を学んでいる。実は、建築には『武』としての力もあるのだ。」内藤は最後に、「アメリカの大学の研究費の30%は軍事関係の研究であることを、みなさんには考えてほしい」と結んだ。

5人目は、西沢文隆。西沢は「住吉の長屋」を一番最初に評価した人物だったという。内藤が独立するとき、西沢に言われた忠告が今でも忘れられないと語る。「建築には力を入れれば入れるほどいい。あらゆる人的力を導入し、全力を注ぎ込め。食えるところギリギリでやっていないと、それはウソだ。」

6人目は、高橋てい一。高橋はものづくりの人で、磯崎新に代表されるような形而上学的な時代の中、あくまで形而下の人であり、「大阪芸術大学塚本英世記念館/芸術情報センター」は、70年代を代表する傑作のひとつだったと、内藤は評価する。

7人目は、宮脇壇。宮脇は住宅作家として知られている建築家。内藤は、宮脇のユニークな人柄を語りながら、こう分析する。「宮脇は住宅は食が中心にあり、食卓こそ住宅のすべてであると考えていた節がある。そのキャラクターに反して、彼ほど住宅をシリアスに捉えていた建築家はいなかったのではないか。」

8人目は、フェルナンド・イゲーラス。所員時代のエピソードを語りながら、内藤はイゲーラスをある種の天才だったと評価する。イゲーラスは、A4の紙の中に原寸図面が書けるのではないかと思えるかのような、圧倒的な情報量を書き込めるという才能を持ち、すさまじい直感力に溢れ、我々凡人が日々努力を積み重ねていっても、決してたどり着くことができない「先」に軽々と手を伸ばすことができた。だが、それ故なのか、「政治力」にはまるで乏しく、建築家としては失敗してしまった人物だったという。

最後の9人目は、菊竹清訓。事務所での所員時代には、菊竹からは既成の枠組みを排除すること、また、ひとりで考えていることは、小さいことであるということを教わったという。

9人すべての建築家について語り終えたあと、内藤は最後に会場に向かって静かに語りかけ、満場の拍手の中講演会は終了する。「自分は凡庸な学生だったし、スターになりたいとは決して思わなかった。大事なことは、流行を追いかけたり、かっこいい模型や図面を書いたり、器用にカタチをつくることではない。卒制を見ていればわかるが、そんなものはすぐに消えてしまう。表現とは、何かを本質的に考え、向き合うことから始まる。現在は、70年代と同じように文化的停滞の時代でテーマが見つけ難い時代だが、停滞を抜け出すべく信念や思想を持ってすれば、それは容易に可能である。」
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by tzib | 2006-05-30 23:30 | architecture
筑波打ち合わせ
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夕方から空屋プロジェクトの打ち合わせで筑波大へ向かう。内容は全体スケジュールの確認と各自の進行報告。今日はお偉いさん方が一同に会していたので、学生グループは幾分緊張気味だった。

筑波大のA先生や建築家軍団による模型のエスキースは、以外にも好評だったのでとりあえず一安心。とくに電話の打ち合わせではおっかなかったNさんが好反応を示してくれたのが、いちばんうれしかった。徹夜で付き合わせてしまったクマ&TKCにはこの場を借りて感謝です。この分だと、残り1ヶ月で何とかなりそうだ。打ち合わせは結局3時間以上かかり、筑波大を出たのは21時頃。徹夜だったので、帰りの車中は爆睡。
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by tzib | 2006-05-26 23:26 | architecture
舞い降りた桜 ザハ・ハディドとめぐるドイツ銀行コレクション
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午後から原美術館で開催中の「舞い降りた桜 ザハ・ハディドとめぐるドイツ銀行コレクション」を観に行く。今日が最終日ということもあって、会場はかなり混雑していた。

肝心のザハ・ハディドの会場構成はどうもいまいちだった。ただでさえ会場面積に対して作品数が多いのに、インスタレーションやサイン代わりの床のパターンが、空間に余分な圧力をかけすぎている。そのおかげで、何というか会場が幕の内弁当状態になってしまっていた。とはいっても、ゲルハルト・リヒター、ヴォルフガング・ティルマンス、そしてアンドレアス・グルスキーを直に見ることができて大満足。写真に限っては、やっぱりドイツをおいて右に出る国はないのだ。

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閉館時間近くまでじっくり堪能したあと、原美術館をあとにする。去り際、後輩のSくんにばったり遭遇。突然だったので、お互い「おおっ」と声にならないような奇妙な雄叫びをあげる。次はひさびさに新宿のオゾンに向かう。オゾンでは「暮らしの中の木の椅子展」を覗く。いちばん座りたいと思った椅子が「お手を触れないでください」だったので、幾分肩すかしを食らう。
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by tzib | 2006-05-21 23:21 | art/design
IKEA上陸
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午後から南船橋へ向かう。今日は念願だったIKEAへの初上陸の日だ。

駅を降りてすぐにIKEAを発見。南船橋を最後に訪れたのはまだザウスがあったときだったので、IKEAの青い風景には大分違和感があった。ザウスの風景もかなり異様だったから、違和感というのも妙な感じがするけど。

IKEAは、2階がショールーム、1階が倉庫という構成で、お店に入った人は2階のショールームを歩かされ、1階に下りて商品を選ぶ。2階がインターフェースで1階がデーターベースになっているのだ。実際に体験してみると、これは実に巧みな空間構成だと実感した。一度入ったら、もはや何も買わずに出ることは許されない。そう考えると、コップひとつ50円という安さも、何だかそら恐ろしくなってきたりする。

ただ、そうは思いつつも、ついつい欲張っていろいろなものを買い込んでしまう。金額にして1500円ほどだったが、紙袋2つ分の量までに。

写真にもあるとおり、1階の大空間などIKEAは想像以上に刺激的で面白い。修士設計も墓地空間から商業空間をテーマに変更してみようかと思ってしまうほどだ。うーん、ちょっと学校に持ち帰って再考してみよう。
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by tzib | 2006-05-16 23:16 | orbit
空屋の実測
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13-14日と、空屋プロジェクトで越後妻有入り。「空屋プロジェクト」とは「越後妻有アートトリエンナーレ」の一環で、文化資産である空家となった古民家をアーティストの参加によってミュージアムに変え、さらにオーナーも募集するというプロジェクト。建築家とアーティストがお互いに話し合いながらリノベーション/コンバージョンしていく様子がとても刺激的だ。今回、ぼくもそのメンバーとして参加させてもらっている。

13日の早朝に代官山のAFGへ集合し、現地にレンタカーで向かう。車中は半分爆睡。車中で一緒だったおばさんが写真家だと判明し、ちょっとびっくりしする。関越道があまり混んでいなかったので、予定より早く「農舞台」に到着。お昼を食べて腹ごしらえをし、時間があったので今回の相方であるクマと施設周辺を散策する。ぼくは見学三回目だったのであまり感動はなかったけど、はじめてここを訪れる相方は大はしゃぎで、少年のようにあちこち飛び回っていた。うーん、まぶしい。

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中越地震の影響か、施設周辺も被害の爪痕がところどころに。

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13時からの打ち合わせ終了後、今日の寝床である旧清水小学校へ。今は集会所兼宿舎として使われている。

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その後は各自の担当物件へ散る。ぼくたちは「峠」と呼ばれる地域の集落にある「峠の豆腐屋」と呼ばれる空き屋を担当している。「峠」は名前通り、人里離れた山奥にある。建築家のYさんの先導で、その自然を味わいながら「豆腐屋」を目指す。

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「豆腐屋」に到着。5月中旬だというのに、雪がまだあちこちに残っている。確かに気温もマフラーがいるくらいの肌寒さだ。この地域は有名な豪雪地帯なので、冬はこの屋根の軒下まで雪が積もるそう。

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入口をくぐり、中に入る。

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「峠の豆腐屋」には、アーティストとしてNG大の彫刻コースの先生と学生が参加している。とりあえず、みなさんに自己紹介と挨拶を交わす。みなさん気さくな方たちで、作業中なのに手を止め、お茶まで振る舞ってくれた。写真右端に写っている方が「豆腐屋」のボスKさん。最初はおっかなかったが、話してみるとすごく優しい人だった。学生からも慕われていて、先生というより頼れる兄貴分という感じの人だ。

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挨拶後、とりあえず測量を開始。書き忘れたけど、ぼくたちは「空き屋プロジェクト展覧会」で展示する図面と模型を担当していて、今日はその実測にきているのだ。内部は伝統構法のため予想以上に複雑で、ふたりで途方に暮れながら少しずつ測量をしていく。写真の青い部分は、ブルーシートの反射光に照らされた部分。青い部分がやけに人工的で、何とも言えない美しさがある。

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内部空間はとにもかくにも圧巻。豪雪に耐えるための異様なまでの梁と柱の太さと、加工が施されていない自然そのままの形状が、空間に得たいの知れない力強さを与えている。何か大きな力に守られていると言えばいいのか。ワンルームという空間形式もそれに関係しているのかもしれない。

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この空き屋のアートは「脱皮する家」というテーマで、「時間の流れや時代の移り変わりによって廃墟になり、まさしく抜け殻となってしまった家屋を、カービング(彫刻)という手法により、アートとして脱皮・再生させる」というもの。とにかく、柱・梁・壁など家中にあるすべての木材を彫刻刀で削っていくというシンプルなアートだ。シンプルだが、想像するだけで気が遠くなる作業でもある。

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彫刻の作業風景。

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もう1年以上掘りつづけているそうだ。そのパワーには脱帽。

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彫ったあとを際立たせるため、彫る箇所にはあらかじめ黒地の塗装が施されている。

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壁には補強材が入れられ、漆喰の化粧がされる。

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作業の邪魔にならないように実測を続ける。ここは2階への階段部分。

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2階床の間。比較的新しい増築部分なので、構法は普通の小屋組。

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床の間の写真。まるで新印象派の絵画に迷い込んだかのよう。この写真にはフォトショップなどのレタッチが施されているわけでなく、あくまでも空間そのままの姿が写されている。そして、この写真にはことばを超えた美しさがある。抽象とは?装飾とは?空間は「面」なのか?彫刻と建築の違いは内部空間があるかないかだけど、ここは一体何なのだ?など、さまざまな思いが頭を駆け巡り、ショックでしばらく動くことができなかった。「削る」という行為がここまで空間に影響を及ぼすとは思わなかった。最初は「空き屋を彫る」という意味がよくわからなかったが、これは本当にすごい。今までになかった体験だ。

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夜になり測量も困難になったため、本日の作業は終了。その後、NG大メンバーとともにアーティストであるMさんのワークショップに、地元の方たちとともに参加する。Mさんはスーパーなどのビニール袋を使って造花をつくるという作品を手がけているアーティストで、国際的にもかなり有名な方だそうだ。すごく丁寧で控えめな方だったので、個人的にはかなり好印象。1時間ほど参加したあとお暇し、日本で三本の指に入る濃さの温泉で一日の汗を流したあと、有名な定食屋さんで大盛りのカツ丼を食べる。満腹になったあとは宿舎へ移動し、ビールを飲みながらいろいろな大学の人と交流したあと就寝。くたくただったので、布団に入ったらすぐ寝てしまう。ちなみに、ぼくが寝た場所は元教室。黒板のある前で寝るというのは妙な感じがした。明くる日は、7時に起こされ、8時に打ち合わせ。打ち合わせ後は早朝ドライブをしながら朝食を食べ、夕方の出発の時間までひたすら測量を続ける。NG大メンバーに、次回は模型を持ってこいと軽くプレッシャーをかけられながら、妻有をあとにする。東京には21時頃到着。
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by tzib | 2006-05-14 23:14 | architecture
作品集打ち上げ
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夜から作品集の打ち上げに参加する。場所は六本木のFIORIAという個室レストラン。打ち上げはみんな終始ごきげんで、お互い半年間の労をひたすらねぎらい合う。改めて作品集をお酒の席で読み返してみたけど、本当によく仕上がったなと思う。この1冊の本が与える影響は、とても大きなものになるはずだ。来年の編集委員のみなさん、ぜひとも頑張ってください。

2次会は山中さん紹介の槻橋修さんがデザインしたバーで飲み、終電で帰宅。ちなみに上の写真は今日いじられまくっていたY夫妻。無断掲載なので、苦情があったら遠慮なく言ってください。たぶん受け付けませんが。
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by tzib | 2006-05-12 23:12 | orbit
交通博物館/手塚貴晴+手塚由比展/<住宅プロジェクト2006>展
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午後から交通博物館へ。交通博物館は手狭と建物の老朽化という理由で、残念ながら5月14日限りで閉館してしまう(大宮に移転する予定)。今回を逃したらあとがない、というわけで今日は急いで見学に駆けつけた。

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館内に入ると眼前に飛び込んでくる巨大な吹抜け。いきなり度肝を抜かれる。

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館内には、鉄ちゃんとおぼしき人や、かつてここに訪れた思い出を確かめるように見学している老人など、実に多彩な人たちがところせましと溢れていた。この建物がどれだけ人々に愛されてきたかが目に見て取れる光景だ。それだけに、この建物の今後が気になるところでもある。

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壁一面に貼られていたナンバープレート。この一枚一枚にそれぞれの記憶が刻まれているかと思うと、何だか不思議な気分に。

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パンタグラフ。ボタンを押すと上下に動く。

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異様に人気のあった鉄道ジオラマ模型。おっさんたちの方が子供より盛り上がっていた。

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明治初期の列車を再現した実寸模型にて遭遇。ライティングが明らかに間違っている。

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ざっと見学し終えたあと、本日メインの「旧万世橋駅遺構特別公開ツアー」に参加する。学芸員に連れられて、いざ遺構の中に潜入。怪しい蛍光灯の光とカビ臭い空気が雰囲気を盛り上げる。見学というよりは探検をしているような気分だ。

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まずは旧万世橋駅の構内へ。目の前に広がる空間はまるで遺跡のよう。ツアー客からは感嘆のため息がもれ、ぼくも負けじと大きなため息をつく。

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用途不明なドアから漏れ出す光。ここは東京のカタコンベか、と思わず錯覚してしまう演出だ。行ったことないけど。

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レンガと鉄骨の対比が空間に異様な緊張感をもたらしている。鉄骨が主要な構造体だと思うけど、レンガが主体なのではと思わず信じたくなってしまう。それだけレンガが力強く見える。また、力強いだけではなく、とても美しい。

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一応付け加えておくと、旧万世橋駅は東京駅の設計者でもある辰野金吾によるもの。それにしても、レンガがすごく効いている。レンガ、そして壁構造についてちょっと勉強してみようと思った瞬間。

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ひとしきり写真撮影が終わった頃、万世橋駅の歴史を紹介した短い映像が公開される。映画館が持つべき空間の質、というものが何となくわかったような気がした。

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映像が終了したあとは万世橋駅ホーム跡に向かう。地下通路を抜け、階段を上がっていく。

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ホーム入口から差し込む光。通路が薄暗かった分、光がやけに神々しい。

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ホーム跡から見た線路の光景。すぐ横には中央線が走っている。見学時間一杯まで景色を楽しむ。街を見る視点もいつもとは少し違っているような気がした。

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遺構見学の余韻に浸りながら見残した展示を回り、後ろ髪を引かれながら博物館をあとにする。展示的にも空間的にも、これだけ魅力的な博物館を最近ついぞ見かけたことがない。閉館は仕様がないかもしれないが、建物自体は何とかして存続してほしいと切に思う。

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見学後は、「やぶそば」で遅い昼食を取る。ぼくはせいろうそばを注文。

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おそばを堪能したあとは、ギャラ間の「手塚貴晴+手塚由比展」とGAギャラリーの「住宅プロジェクト2006展」を鑑賞し、夜からはKちゃんやYちゃんたちと御茶ノ水で飲む。
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by tzib | 2006-05-10 23:10 | architecture
NU住宅展2006
徹夜で作業し、NU住宅展の搬入を無事に終える。一時は提出も危うかったけど、Aちゃんとワンさんの多大なご助力により、何とか展示の体裁は保つことができた。おふたりには多謝です。

搬入後は昼食と仮眠を取り、空屋プロジェクトの打ち合わせで代官山のアートフロントへ向かう。各学校の担当を正式に決定し、今後の流れとスケジュールを再確認。打ち合わせ後は、中目黒の居酒屋で懇親会。とくに運動会の話で盛り上がる。運動会の競技なんて、日本中どこでも一緒だと思っていたけど、地方によってそれぞれ特色ある競技や催しがあることをはじめて知った。東京は玉入れやリレーなどメジャーできれい?な競技が多いが、ある東北地方では、人間が障害物の障害物競走(!)があったりと、かなりアグレッシブな競技が多々存在するそうだ。障害物が叫びながらタックルしてくる障害物競走なんて、想像するだけでそら恐ろしくなる。ぼくの出身小学校では「花笠音頭」があったくらいで、特筆すべきものはあまりなかったなと、ちょっと悔しい思いがした。終電まで飲み、ふらふらになって帰宅。
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by tzib | 2006-05-08 23:08 | architecture
夕食
今日はひさびさに家族で夕食を囲む。家族でご飯を食べるなんて正月以来だ。あまりゆっくり時間をとれなかったけど、みんな元気で何よりでした。ふとした瞬間の、弟と父の迅速なコンビプレーにちょっと驚く。どうしてこういうところは似なかったのだろうかとつくづく思った。
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by tzib | 2006-05-06 23:06 | orbit
大学セミナーハウス
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今日はサークルの建築見学会に参加する。見学先は八王子にある「大学セミナーハウス」。

大学セミナーハウスは、「大学紛争の激しかった1960年代、国際基督教大学の職員だった飯田宗一郎が、東京大学、早稲田大学、慶応大学、一橋大学、津田塾大学など都内の主要大学の学長を説いて、大学連合組織の共同運営という形で創設した、大学の壁を越えた共同セミナーハウス。正式名称は、八王子大学共同セミナーハウスである(Wikipediaより抜粋)。」設計は吉阪隆正+U研究室で、1965年竣工。DoCoMoMo20選にも選定されている。

セミナーハウスは最近、宿泊ユニットの保存問題でメディアなどに取り上げられることが多く(詳しくは、建築史家・倉方俊輔さんのブログを参照)、ぜひ現地を訪れてその状況を確かめてみたいと思っていたので、非常にこの日が訪れるのを楽しみにしていた。だけど、お天気はあいにくの雨。しかも、時折雷の音が聞こえてくるという始末。ついてない。

けれど、今日のイベントには2年生が15人近くも参加してくれたので、みんなの若くて元気な雰囲気の中にいると、終始晴れやかな気分でいることができた。電車やバスの中でわいわいしている様子を横目で見ながら、これがおっさんの心境かと感傷に浸ったりする。

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現地に到着すると、まずは「本館」の圧倒的な存在感に圧倒される。まるでくさび形の彫刻のよう。

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本館のテクスチャー。かなり荒々しい。

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エントランスにあった館内の案内板。

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館内に入ると、外観の力強さとは対照的なまでに細部までつくり込まれたディテールが目につく。これは手摺部分の写真。

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中2階の開口部。

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2階食堂フロア。さまざまなところから光が差し込んでいる。内部空間はかなり複雑で、天井高がすこし低かった。何だか落ち着かない。

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2階トップライト。

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3階ラウンジへとつづく階段。

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3階トップライト。

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3階開口部のアップ。

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3階にあったピアノにて遭遇。

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3階外の渡り廊下より。

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渡り廊下から見下ろした「遠来荘」。

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渡り廊下の側溝。

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本館見学後、敷地内の建築群を見て回る。時折雨がぱらつき、ぬかるんだ地面も手伝って、写真撮影はなかなか大変だった。これは「講堂」の外観写真。

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講堂のディテール。雨水が伝ってくるのを見られるかと思ったけど、落ち葉でつまっていてその思いは叶わなかった。

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講堂・屋根部。今日は本館以外の見学が不可だったので、外観のみの見学。残念。

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講堂・見上げ。

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渦中の「宿泊ユニット群」。100棟あった宿泊ユニットは、現在14棟が記念物として残されているのみ。

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「松下館」の外廊下。手摺がかわいい。

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宿泊ユニットの痕跡。

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新しく建設された新・宿泊棟「さくら館」の中庭。

敷地内の建築群を見学し終えた頃、雨がかなり激しくなってきたので、本館にて自己紹介とディスカッションをする。ディスカッションは2グループにわかれ、それぞれ今日の感想と、建築の保存問題について議論を交わす。議論は宿泊ユニットの解体が中心。なかなか鋭い指摘があったりと、短い時間ながら以外と濃い中身になった。ディスカッション終了後、セミナーハウスをあとにし、八王子駅で解散。新宿にて有志で軽く飲んだあと、帰宅する。帰宅後は住宅課題に取り組む。スケジュールを見るのがだんだん怖くなってきた。
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by tzib | 2006-05-02 23:02 | architecture
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