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トーキング・マップ/変型地図
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トーキング・マップ/変型地図』を読了。内容は、「『地図表象』をいわゆる地図学や地理学からではなく、プログラム論や都市論、認知科学、デザインなどからアプローチし、インターネットなどに代表される新しい環境に対する認知・理解の方法を示そうとする試み」について展開され、「空間を平面に変形することの意味と意義を地図そのものに探」っている。

「新しい環境に対する私たちの認知や理解の方法は、いまだに定まっていない。このような環境へのデザインやインタラクションは、かたちを定める前に、まず私たち自身の表象能力を引き出したり、広げたりしていくことが必要」だそうだ。興味深い内容が多いが、どれも掘り下げられてはいない。あくまで入門書。
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by tzib | 2006-09-18 23:18 | resource
ヒルズ黙示録
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ヒルズ黙示録—検証・ライブドア」を読了。「海辺のカフカ」で大島さんが<うつろな人間たち>について語るくだりを思い出す。
「でもね、田村カフカくん、これだけは覚えておいたほうがいい。結局のところ、佐伯さんの幼なじみの恋人を殺してしまったのも、そういった連中なんだ。想像力を欠いた狭量さ、非寛容さ。ひとり歩きするテーゼ、空疎な用語、簒奪された理想、硬直したシステム。僕にとってほんとうに怖いのはそういうものだ。僕はそういうものを心から恐れ憎む。なにが正しいか正しくないか—もちろんそれもとても重要な問題だ。しかしそのような個別的な判断の過ちは、多くの場合、あとになって訂正できなくはない。過ちを進んで認める勇気さえあれば、だいたいの場合取りかえしはつく。しかし想像力を欠いた狭量さや非寛容さは寄生虫と同じなんだ。宿主を変え、かたちを変えてどこまでもつづく。そこに救いはない。」

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by tzib | 2006-08-22 23:22 | resource
セヴェラルネス 事物連鎖と人間
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セヴェラルネス—事物連鎖と人間』を読了。「本書は、桂離宮、ローマ都市、インディアンによるアルカトラズ島占拠、はてはメタボリズムにいたるまで、古今東西の建築・都市的出来事を縦横無尽にかけめぐり、その変容の動因を追求している。それら事物とそれに関わった人間たちとの創造的な連鎖の営みの関係を明らかにし、今後私たちがよりよい環境を築き上げていく上での根源を示した注目の書である。」(Amazon.co.jpより)

一般の建物の更新論においては、時間的変化以前に、一定の決められた建物改修のシステムが成立している。つまりある特定の時期に決定された要素の使い方から、そのおのおのの「時間」が配分されているに過ぎない。それに対してもとの円形競技場の転用過程—<都市の建築>—においては、システムは仮説的な契約関係に含まれる。そのシステムは形態と都市の人間の間にエフェメラルに立ち現れるのみである。それゆえ更新はあるシステムの時間的温存を目的とするが、転用はその時期においてシステム自体の変更と再定義を必要としている。それはこう言い換えることもできる。更新は定められる保証のまったくない意味機能によって、事物の時間的過程を抑圧しようとする。対して転用は、見えざる<都市の建築>によって総括される選択の必然化の過程なのである。(p.175)

筆者は、建築の転用には、事物の物質的特性に基づいている限り唯一の解答があるわけではなく、無限に答えがあるのでもない。「いくつか性(セヴェラルネス)」なのである。しかしその組み合わせは無限である。と述べている。その「いくつか性」は、事前に存在するのか、それとも事後的に存在するのかまではとくに触れられていなかったが、それは今後ぼくたちが受け止めていかなければならない問題なのだろう。リノベーション・コンバージョンに興味のある人は、必読の一冊。

<参考>「コンバージョナブルなデザインのために〜歴史の中のコンバージョン」(大阪市立大中谷ゼミHP)
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by tzib | 2006-08-03 23:59 | resource
複雑な世界、単純な法則
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複雑な世界、単純な法則–ネットワーク科学の最前線』を読了。この本は、ネットワークの複雑性はいくつかの法則によって生み出されている、ということを素人にもわかりやすく紹介している情報科学・複雑系の入門書で、ぼくたちの世界がなぜ今の形態をとっているのか、新しい視点を与えてくれる本である。

たとえば、第1章で紹介されている「六次の隔たり」について。「六次の隔たり」とは、人々がランダムに繋がっているのだとすれば、六段階以内にすべての人と繋がることができるという理論である。つまり、知り合いの知り合いを6人たどっていけば、ぼくもアフリカの見知らぬおじいさんと、実は繋がっているということである。さらに興味深いのは、そのような小さな世界では、「弱い絆」こそが重要であるという。

重要なのは、人々は明らかに、世界全体にわたってランダムなつながりをもっているわけではないということである。そして、社会のつながりが一つの「まとまり」を作り、「クラスター化」が生じる

と本文中にあるが、ぼくたちの世界は、クラスター化した集団が点々とし、バラバラの状態で存在しているのではない。そこに「知り合い」というような「弱いネットワーク」が結びつくことにより、クラスターを構成する要素間に繋がりが生まれ、それぞれのクラスターが相互に繋がり、巨大な、しかも偶然性や意外性に満ちたネットワークになっているというのだ。

というように目が覚めるようなさまざまなことをこの本は語っていて、すでにお腹いっぱいなのだけど、個人的には以下の文章で語られているような内容も興味深かった。

本書で伝えたいことの1つは、人間の社会に数学的な法則と意味あるパターンを発見できるかもしれない、ということなのだ。社会・政治科学者の故ハーバート・サイモンがかつて述べたように、科学の目的は「秩序なき複雑性に意味ある単純性を見出すこと」である。

ネットワークに関するこうした研究の究極的な意義は、単に新種の構造を突き止めて、その構造を記述する方法を明らかにしたり、微妙な差異を見つけて従来のネットワーク概念との違いを理解することにのみあるのではない。もっと重要なのは、こうした発見から世界、それも現実的な意味での世界について何を学ぶことができるかである。

複雑性の科学が真に目指しているものは、あらゆる種類の複雑なネットワーク内にパターンを発見し、われわれ自身を向上させて世界をよりよいものにするために、こうして得られた知識をどのように利用できるかを突きとめることだ。

これらの文章で述べていることは、先日のNS大の講演会で平田晃久さんが語っていたことにも通底することであり、昨今の建築界で顕著になってきたパターニズムの考え方や、近代建築で語られてきた「部分と全体」の話にも繋がっていく。この本に漂っている「匂い」みたいなものは、今後いろいろと時間をおいて考えてみる必要があると思う。たまには背伸びしてこういう知識を貯えておくことも大切だなとも思った。
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by tzib | 2006-07-25 23:25 | resource
戦争広告代理店
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お馬さんから借りていた『ドキュメント 戦争広告代理店』を読了。スピード感ある文体で、映像的というか、ドキュメンタリー番組を見ているかのような構成だった。

戦争の複雑・複層化、もうひとつの戦場で繰り広げられる情報戦という闘いと、その裏で活躍するPR企業の実態。情報が戦争の勝敗を左右する最大の武器であるという事実。情勢が刻々と変化し、情報が加速度化している中での、鮮度を巡るさまざまな攻防と緊迫感ある人間関係。すぐに覆される将来予測の中で問われる知性とデータマイニングの能力。

何より衝撃的だったのは、戦場が見えない領域にまで拡張されてしまったことにより、気づかないうちにぼくも戦争に巻き込まれてしまうかもしれないという現実が明らかになったことだった。地球上で生きている限り、世界で起きている戦争に無関係でいられないことはわかっていたつもりだが、無意識の内に見えない銃を手にして、見えない弾丸を撃ってしまうという可能性が、今この瞬間に訪れてしまうことさえもあり得るのだ。この本が警鐘しているのは、そのような現実と、その状況下に無自覚でいることの危険性なのかもしれない。
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by tzib | 2006-07-22 23:23 | resource
06/12〜16
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06/12 渋谷にて打ち合わせ。街中がW杯一色。
06/14 代官山にて打ち合わせ。開催が目前に差し迫り、事務所内は騒然とした雰囲気だった。
06/16 全体ゼミで修士設計の発表。ドロップキックをくらい、1RTKO。

建築における「日本的なもの」』、『学校をつくろう!』、『順列都市』、『建築のはじまりに向かって』などを読了。ひさびさに磯崎本を読んだが、この本は評判通りとてもおもしろかった。グレッグ・イーガンの圧倒的なギミックには、いささか食傷気味に。でも、慣れてきたら快感になっていくのだろう。
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by tzib | 2006-06-17 23:17 | resource
作品集打ち上げ
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夜から作品集の打ち上げに参加する。場所は六本木のFIORIAという個室レストラン。打ち上げはみんな終始ごきげんで、お互い半年間の労をひたすらねぎらい合う。改めて作品集をお酒の席で読み返してみたけど、本当によく仕上がったなと思う。この1冊の本が与える影響は、とても大きなものになるはずだ。来年の編集委員のみなさん、ぜひとも頑張ってください。

2次会は山中さん紹介の槻橋修さんがデザインしたバーで飲み、終電で帰宅。ちなみに上の写真は今日いじられまくっていたY夫妻。無断掲載なので、苦情があったら遠慮なく言ってください。たぶん受け付けませんが。
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by tzib | 2006-05-12 23:12 | orbit
06 TDC展/マゾヒスティック・ランドスケープ
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午後からM事務所で展覧会の打ち合わせ。打ち合わせ後は銀座のギンザ・グラフィック・ギャラリーへ向かい、「06 TDC展」の最終日に滑り込む。今年は何か面の力が目立つ作品が多い気がした。個人的には、北川一成中島英樹武藤努西川哲生などが気になる。観賞後は学校に戻る。

帰りの電車の中で、『マゾヒスティック・ランドスケープ』を読了。
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by tzib | 2006-04-26 23:26 | art/design
風土
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夕方から神保町へ。M事務所で空屋プロジェクトの打ち合わせに参加。終了後はメンバーで神保町にて夕食。

帰りの電車の中、やっと和辻哲郎の『風土』を読み終わった。あまりにも著名な本なので今さらぼくが語れることは少ないが、それでもいくつか印象に残ったことを書いておこうと思う。

和辻は「風土とはある土地の気候、気象、地質、地味、地形、景観などの総称である」とし、「風土とは単なる自然環境ではなくして人間の精神構造の中に刻みこまれた自己了解の仕方に他ならない」、「個人的・社会的なる二重性格を持つ人間の、自己了解の運動は、同時に歴史的である。従って歴史を離れた風土もなければ、風土と離れた歴史もない」と論じ、自然(環境)そのものを第一の自然とし、風土を第二の自然とすることで環境と人間の関係性を表わしている。また、「人間は単に風土に規定されるのみでない、逆に人間が風土に働きかけてそれを変化する」とも論じている。

以上のような部分については、解説書などでよく語られる部分なのでここではとくに論じようとは思わないが、ぼくが特に印象に残ったのは「連句」について書かれた以下の部分だった。

連句においてはおのおのの句は一つの独立した世界を持っている。しかもその間に微妙なつながりがあり、一つの世界が他の世界に展開しつつ全体としてのまとまりを持つのである。この句と句との間の展開は通例異なった作者によって行われるのであるから、一人の作者の想像力が持つ統一は故意に捨てられ、展開の方向はむしろ『偶然』にまかせられることになる。従って全体としてのまとまりは『偶然』の所産であるが、しかもそのために全体はかえって豊富となり、一人の作者に期待し得ぬような曲折を生ずるのである


また、『風土』を論じ、「間柄的存在」、「二人主義」について書かれた小論もリンクしておきたい。電子個人主義がはびこる現在、『風土』は再評価されていくのではと思った。
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by tzib | 2006-04-17 23:17 | resource
「かわいい」論/デザインの輪郭
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最近読んだ2冊の本を紹介。

「かわいい」論』は、「『かわいい』を21世紀の美学として位置づけ、その構造を通時的かつ共時的に分析する、はじめての試み」という内容(「BOOK」データベースより)。

いまや世界で通じる日本発の「かわいい」という形容詞。「かわいい」を基準とした価値観の確立を明らかにし、それが表すものは全世界的共通なのか、また、なぜ「かわいい」がこれほどまでに短期間で世界に浸透していったのか、さまざまな角度から検証されている。結局、結論までには至らないのだけど、「かわいい」は今後も何か得体のしれない現象を引き起こしていくのではないかと、読者の想像力を掻き立てていく。以下の文章は、本の中で引用されていたスチュアート・ホールの言説。

グローバライゼーションは、分離されていた地球上のさまざまな領域が一つの創造的な「空間」のなかで交差するようになる過程である。西洋に支配された時間帯・時間枠のなかに個々の社会の歴史が召還され、空間と距離がくっきりと区分けしてきたものがさまざまな連結(旅行、通商、征服、植民地化、市場、資本や労働、商品、利益の流通)によって繋がった結果、「内部」と「外部」を明確に区別することは次第に不可能になっている。


「かわいい」が持つ普遍性と個別性。そういえば、最近の日本の建築もずいぶん「かわいく」なっている気がする。

デザインの輪郭』は、工業デザイナーである深澤直人のエッセイ本。「デザインの輪郭も人の輪郭も同じです。デザインはすべての生き方に通ずる」というように、アフォーダンス論などから生み出される深澤デザイン論を口語的表現でわかりやすく説明し、また、デザインを生み出す苦悩などの心情を正直に吐露していて、すごく好感がもてる内容だった。個性的ながらも普遍的。深澤デザインも「かわいい」んだよなーとついつい思ったりする。
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by tzib | 2006-04-05 23:05 | resource
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