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tzib
thoughts on simplicity
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中野本町の家
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中野本町の家』を読了。ひとつの住宅を巡る家族の物語。名建築には心に響くドラマが存在し、その逆もまた然りなのだ。伊東豊雄が巻末に寄せた「住宅の死をめぐって」というエッセイの冒頭文が印象深い。

目前でそれは無残に打ち砕かれ、みるみるうちにコンクリートの瓦礫の山を築いていった。自ら設計した建物が消滅する姿に建築家は立ち会ったことがあるだろうか。

# by tzib | 2006-10-14 23:14 | resource
押井守『パトレイバー』についてのインタビュー
宮台真治のブログに押井守評がアップされた。押井守やサブカル系に興味のある人は、おすすめです。賛否両論あるみたいだけど、ぼくは肯定派。経験的に賛同できる部分が多い。個人的には、キャラクターのコスチュームの変化を追っていくと、「大世界の中の陳腐な日常」の表徴や「虚構の現実化」などが、具体的に明らかになると思う。それが「建物」でないところが、すごく残念ではあるけれど。10代の頃を振り返ってみると、虚構の中に現実の未来の「可能性」を見出したり、現実の中に虚構の世界の「拡張性」を探し出したり、そんな匂いの断片を一生懸命探した時期があったなと懐かさを覚える。虚構の世界に原風景があると言われるぼくたちの世代にとって、それらはごく自然な行為だったのだ。

SFは未来が舞台です。でも未来への関心が中心ではない。現実社会が持つ様々な問題の萌芽が育ったものとして未来を見る。ある萌芽が育つとあんな未来、この萌芽が育つとこんな未来。関心の焦点は萌芽を内蔵する現在の社会なのです。萌芽が、自己増殖的な科学技術にあるのか、エゴイスティックな人間存在にあるのか、科学技術的風景が変える人間の感受性にあるのかで、ハードSFかファンタジーSFかニューウェイブSFが分かれるわけです。

実はここに、社会学者の見田宗介さんのいう「夢の時代」から「虚構の時代」への転換点があります。見田さんは敗戦から1960年までを「理想の時代」。1960年から1975年までを「夢の時代」。1975年以降を「虚構の時代」と呼びます。僕の『サブカルチャー神話解体』での図式では「理想の時代」は「〈秩序〉の時代」。「夢の時代」は「〈未来〉の時代」。「虚構の時代」は「〈日常〉の時代」です。時代が変わると問題設定が変わります。どうやって理想の〈秩序〉を樹立するか。どうやって夢の〈未来〉を樹立するか。どうやって生きうる〈日常〉を樹立するか。ということですね。
 それぞれの時代には「喪失の記憶」があります。理想の〈秩序〉を喪失したという意識と、それを埋め合わせる夢の〈未来〉を獲得しようという意識は表裏一体です。〈未来〉を喪失したという意識と、それを埋め合わせる〈日常〉を獲得しようという意識は表裏一体です。ちなみに「松本零士的なもの=『ヤマト』的なもの=大世界のロマン」への“反発”から「高橋留美子的なもの=友引町&一刻館的なもの=小世界の戯れ」が持ち出されるというサブカル進化の経緯も、〈秩序〉や〈未来〉から〈日常〉へという流れの一貫です。
 その直後に、大友克洋的=押井守的な「大世界の中の陳腐な日常」という再帰的な“言い訳”が生まれます。ことほどさように「〈日常〉の時代」には「〈未来〉の喪失の記憶」がありました。「〈未来〉の時代」に「〈秩序〉の喪失の記憶」があったのと同じです。ところがこうした「喪失の記憶」が90 年代後半になると消えます。だから東浩紀さんは「虚構の時代」の後に「動物の時代」を置く。僕の区分では「〈秩序〉の時代」も「〈未来〉の時代」も「〈日常〉の時代」も、「喪失の記憶」や「断念の記憶」に基づいた区分なので、これらと同格に95年以降の時代を名指せない。あえて言えば「〈忘却〉の時代」です。

# by tzib | 2006-10-13 23:13 | resource
09/21-10/11
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-21日 1週間ひたすら梗概とスライド制作に没頭する。明日の発表会に向け、『子どもとあそび』、『あそび環境のデザイン』、『環境デザインの方法』、『環境デザイン講義』など、仙田満の一連の著作や研究を再読。

22日 第2回修士設計発表会。「あそび空間」「居場所としての学校」「森と洞窟」をテーマに、こどもの視点で都市を再開発していくというような発表をする。反応はまあまあだったけど、敷地選定の甘さや、あそび空間というこどもが事後的に発見する「計画できない場所」をつくっていくのに、空間の類型化という手法はまずいのでは、とかいろいろ突っ込まれて答えに窮する。課題は山積みだ。

23-24日 友人の手術に付き添う。無事に成功。

29日 M事務所で手伝っていた沖縄コンペを無事に提出。

10/02 研究室で修士設計のグループを決める打ち合わせ。チームというか運命共同体がついに決定する。

05日 ダイワハウスコンペの公開審査を観に行く。審査では、終始「リアリティー」という単語が飛び交う。「リアリティーとは、すぐに建つかどうかではなく、建ててみたいと思わせること」、「個人に解体された状況を前提条件にしているのは不満」、「場所の特性をよく考える。敷地条件の鵜呑みや現実を追認するだけの計画には、リアリティーがあるとはいえない。それは怠惰だ。」など興味深い意見も。tagotが見事優秀賞を勝ち取ったので、みなで賞をたたえる。

07日 スーパージュリーのお手伝い。全体的に今年はおとなしい。個人的に4年生の谷中の案がいちばんおもしろかった。不思議な断面計画。

08日 修士設計の敷地調査で中野区は鷺宮へ。計画内容を大幅に変更したので少し不安もあるけど、何とかいい方向に転ぶはずだ。うまくいけば、都市に巨大な森が出現し、パースの隅にはトトロが現れる。調査終了後は川口へ。うわさのメディアセブンを見学する。

09日 オープンしたてのSmith北千住へ。狙っていたDELFONICSの手帳と木製のペンを購入する。

11日 プレゼミ生顔合わせ会と修士チームの発表会。4年生宴会トリオの活躍により、大変楽しい会になった。結局始発まで残る。研究室も大所帯になってきた。
# by tzib | 2006-10-12 23:12 | orbit
超芸術トマソン
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Photograph by tin-zo. Creative Commons Some rights reserved.
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超芸術トマソン』を読了。「都市に『トマソン』という幽霊が出る。人びとはその幽霊に気づかない。」なかなか衝撃的な出だしではじまる本書は、言わずもがな、一時代を築き上げた伝説の名著である。

トマソン、もしくは超芸術トマソンとは、赤瀬川原平らの発見による芸術上の概念。不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物。創作意図の存在しない、視る側による芸術作品。マルセル・デュシャンの『レディ・メイド』の方法に、日本古来の『見立て』『借景』を取り入れたものと見ることもできる。(Wikipediaより)」はじめてトマソンを知ったという方は、今からでも遅くはない、急いで本書を手に取って読んでみるか、さもなくば、急場しのぎではあるがトマソン・リンクを参照してもらいたい。もしもあなたが建築学科の学生ならば、それはなおさらである。この本の偉大さは、「経験」してもらわないと決して伝えるできない。「百聞は一見にしかず」とはまさにこのことである。都市とは?芸術とは?この本がもつ批評性の射程は、人類史が続く限りどこまでも拡大していく。

路上観察学や超芸術トマソンの面白さは、このような見立てを通じて、都市に奇妙な「名所」をつくりだすところにあった。屈折してはいるが、それは都市全体の合理性・機能性を黙認したうえで、記号論的なゲームにより、東京に新しい解読の可能性を与えようとした営みだったのである。そこでは人為的な意図が排除された結果として、トマソン的物件の誕生も消滅も、都市という巨大な自然現象の一環と見なされていた。このような都市観のもとでは、破壊への意志も、保存への意志も生まれようがない。路上の探偵たちはフェティッシュめいたがらくたを収集することで、都市に対する自分たちのそんな不能性を購っていたのである。(田中純『都市の探偵たち ―東京論の困難をめぐって―』批評空間より)

# by tzib | 2006-10-12 23:12 | resource
空間の経験—身体から都市へ
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空間の経験—身体から都市へ』を読了。「人間にとって空間とは何か?それはどんな経験なのだろうか?また我々は場所にどのような特別の意味を与え、どのようにして空間と場所を組織だてていくのだろうか?幼児の身体から建築・都市にいたる空間の諸相を経験というキータームによって一貫して探究した本書は、空間と場所を考えるための必読図書である(『BOOK』データベースより)。」

イーフー・トゥアンは、空間(space)と場所(place)を「場所すなわち安全性であり、空間すなわち自由性である。つまり、われわれは場所に対しては愛着をもち、空間には憧れを抱いている」と説明する。全体的に難解でもう一度じっくりと読み返す必要があるが、今後のために印象的だった箇所をいくつか抜き出しておきたい。

論理的に考えれば、宇宙の中心は一つしかないはずである。しかし神話的思考では、宇宙は数多くの中心をもつことができる(ただし、そのうちの一つが他のすべての上に立つということはある)。論理的に考えれば、全体というものは部分が集まってできており、部分部分は独自の位置、構造、機能をもっている。部分は全体が機能を果たすうえで不可欠なものであるかもしれないが、しかし、部分とは全体のミニアチュアではないし、全体と等しい本質をもつものでもない。だが、神話的思考では、部分は全体を象徴し、全体がもつ力をすべてもつことができる。(p.179)

うっそうとした森林という環境では、距離はどのような意味をもつのだろうか。(中略)多雨林で生活する人びとにとっては、空間とは複数の場所がつくる目の細かな網のようなものであって、そこには全体を包括する構造は存在しないのである。同じことは、時間についてもいうことができる。(中略)時間は知覚された距離と同様に浅く奥行のないものであって、ピグミー族は、過去の系図にも未来にもあまり関心を示さないのである。(p.212)

距離は、客観的な領域に属している。ホピ族は、距離から時間を抽出することはしない。したがって、かれらにとっては同時性の問題は実在しない。(中略)距離は客観的な領域に属しているのであるが、このように、完全に客観的な領域に属しているわけではない。客観的な水平面は、観察者から遥か遠くへ延びていき、ついには、もはや細部を知ることのできなくなるところへ到達する。そこは、客観的な領域と主観的な領域が接する境界であって、比喩的な言い方をすれば、時間を超えた過去であり、神話のなかで語られる国なのである。(p.214)

また、巻末のオギュスタン・ベルクによる日本語版解説は、本書の歴史的位置づけを明らかにしているという意味で、大変興味深かった。その中で語られている「今日の我々」とは、まさしく2000年代のぼくたちのことを指し示しているのではないだろうか?

そういう両義性に迷わされないように、我々は、本書が書かれた1970年代半ばの情況を思い起こす必要がある。それは、建築や環境整備論において、近代主義に代ってポスト・モダンの台頭の時期であった。トゥアンの問題提起に翻訳すると、それはspace主義への反撥、place主義の台頭という転換期であった。いうまでもなく、均衡のとれた生活環境には空間(自由)も、場所(安全)も必要である。人間の環境には、楽園への回帰願望を叶える面も欠かせないし、逆に理想郷への道を拓く面も欠かせない。後者をもっぱら押し付けようとした近代主義に反応して、本書が前者に比重を与えたことには歴史的な当然生がある。(中略)同時に、無味乾燥な環境を産んでしまったspace主義は今日でも終焉下とはいい難いが、"place"だけを唱えると、近代都市計画が陥ったのとは対称的な行き詰まりが待っていることも、今日の我々は知っているのだ。(p.410)

# by tzib | 2006-09-20 23:20 | resource
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