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学祭/NUフォーラム
午後から学際に参加。研究室で企画した模擬店でたこ焼きを売る。バラエティに富んだ具材や絶妙の味加減で、売り上げはなかなか好調みたいだ。研究室ポロシャツを着て売り子の声を張り上げる四年生軍団を見ながら、改めて彼らの企画力と行動力に感心する。彼らに敬意を込めて拍手。

夕方からは、これまた計画系の四年生が企画したNUフォーラムのイベントに参加。詳しくはリンク先をご参照。建築家のぶっちゃけトークが随所に繰り広げられて大変楽しいイベントだった。学生サイドが喧嘩をふっかけたりしたらなおよかったのかもしれない。今後も会を持続させていく企画運営は大変だと思うけど、まずは偉大なる一歩を踏み出した中心メンバーに敬意と称賛を込めてこちらも拍手。フォーラム終了後は研究室の打ち上げに顔を出して終電で帰宅する。
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by tzib | 2006-11-05 23:05 | orbit
植田実の住宅講義
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夕方からNU建築フォーラムに参加。テーマは「植田実の住宅講義 建築家の自邸から住宅史を考える」で、講師は植田実さん。モデレーターは佐藤光彦先生。

まずは光彦先生による植田実の紹介から。植田さんは、1968年に『都市住宅』(鹿島出版会)という伝説までになった建築誌を立ち上げ、1976年まで編集長を務めた建築ジャーナリストで、最近では、『住まい学大系』の編集長や建築批評家としてご活躍されている。2003年にはその功績が再評価され、日本建築学会賞を受賞した。「日本建築大賞2005」の審査員を務めたのも記憶に新しい。

植田さんの講義は、「80〜90年前からの日本の建築家自邸に限定した『住宅史』は、一般的な建築史の文脈とはかなり異なるが、それでも世界的にかなり特異な現象だと思う。」という発言からはじまった。今回の講義で取り上げる建築家はおよそ40人ちかくで、講義はかれらの自邸を時系列で順に追っていくという構成。

まずは、ヴォーリズ、レーモンドなどの自邸などを皮切りに、藤井厚二や吉田五十八など、戦前の建築家の自邸を中心にレクチャーがはじまった。戦前シリーズで印象的だったのは、土浦亀城と山口文象の自邸。

中盤は戦後に時代を移し、イームズやミース、フィリップ・ジョンソンの自邸を取り上げながら、「欧米人は他人の家でもどんどん実験的な試みをするが、自邸はあくまで趣味的だったり、箱庭的な世界観だったりと、大しておもしろくない」、「日本人の自邸は逆にそうではない。なぜなのか?」という批評からはじまる。確かに、広瀬鎌二「SH-1」、増沢洵「最小限住居」、池辺陽「No.17」、清家清「私の家」、吉阪隆正、吉村順三、菊竹清訓「スカイハウス」、東孝光「塔の家」と続く一連の作品群からは、叫びにも似たような何か圧倒的な力を感じた。 それはどの作品が、というわけではなく、これらの作品が直列に並んだときにはじめて感じる力だった。植田さんは「これらの作品は家族がどうあるべきか、あるいは環境とどうあるべきか、さまざまな試みがなされている」と評していたが、もちろんそれもあるだろうけど、ぼくはむしろ、その背後に想像される、かれらを突き動かしていた戦後の得体の知れない時代の力に衝撃を受け、畏怖の念さえ生じてしまった。もしかしたら憧れもあるかもしれないが。

後半は、現代までの作品群。六画鬼丈、原広司、安藤忠雄、鯨井勇、石井修、伊東豊雄、山本理顕…などなど。講演会の最後は、パラディオのヴィラとヴィラ・アドリアーナを挙げ、『市民ケーン』のビー玉を例に挙げながら、「自分の家というバイアスは、建築家に過去・記憶などが働きかけ、そこには住宅の歴史が浮かび上がる」と締めくくり、満場の拍手の中幕を閉じた。
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by tzib | 2006-06-21 23:21 | architecture
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